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浦和地方裁判所 昭和52年(ワ)647号 判決

原告

山形食品株式会社

右代表者

山形すみ子

右訴訟代理人

大野好哉

被告

吉野良男

右訴訟代理人

森勇

主文

1  被告は原告に対し、金一、〇〇〇万円及びこれに対する昭和五二年八月三一日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用は、これを三分し、その二を被告の、その一を原告の、各負担とする。

4  この判決は、主文第一項につき保証として金二〇〇〇万円を供するときは、仮に執行することができる。

事実《省略》

理由

一原告が食料品製造販売業を営む株式会社で、被告がその従業員、その地位が商品管理部長であることは、当事者間に争いがない。

二1  〈証拠〉を総合すると、次の事実が認められる。

(一)  原告会社は従業員一〇数名で昭和五〇年当時原告代表者山形治郎は高血圧後遺症のため会社に出社するものの責任をもつて仕事を遂行できず、同人が昭和五二年二月六日(または七日)死亡するまでの間殆んど、各部門の責任者がそれぞれの仕事を責任をもつて行う方法によつて仕事がされていた。被告は商品管理部長として部下職員二名(榊、井上)を使用し、これを監督し事務を掌理していたが、具体的な職務執行法としては、(1)入庫時には、事務所で外交係の作成した注文のための伝票を受取り、これと注文先配達員の持参した納品書及び現品と照合の上、倉庫に入庫し、所定の場所に整理して置き、受領書(注文先配達員の持参したもの)の受領印欄に原告の受領印(直径約3.7センチメートルの丸いゴム印で、三つの部分に分かれ、中央に二本の横線が引かれその間に年、月、日をたとえば「50.4.10」とし、右年月日の部分は自由にその数字を入れ替えることができ、その欄の上欄部分に「物品受領」、その年月日欄の下欄部分に「山形食品」としたもの)を押捺してこれを右注文先配達員に交付し、右納品書を自己の机等に一旦入れて保管し成可く速かに整理の上締切日以前に経理係に交付して(経理係は納品書の存在をもつて受領を確認し請求書と照合の上仕入先に代金を支払う。)、入庫手続を行い、(2)商品を倉庫内所定位置で、滅失、毀損、盗難、紛失などのないよう現状を維持して保管し、それに必要な管理行為を行い、(3)出庫時には、事務所で外交係の作成した転売先への納品書伝票を受取り、倉庫より現品を搬出して倉庫前に並べ、右伝票と照合して現品を原告の配達員の運転する自動車に積み込み、右配達員に納品書、受取書(その様式は甲第三号証の一ないし七二二のとおり)を持参させて出庫し(右配達員の受取書に配達先の受領印の押捺を受けた上他の事務員がこれに基づき転売先に代金を請求し支払を受ける。)、その出庫手続を行い、(4)右各手続は主として被告が榊、井上を指揮して行うが、短時間で行う必要上他の手の空いている従業員にも手伝わせ、この場合にも被告がこれを掌握していた。仕入先への注文方法は、外交係(注文、販売)及び被告が意見を提出して毎朝開かれる販売会議(代表者治郎も出席することが多かつた。)で代表者が決定し、その執行は被告があたり、被告が仕入先に電話で行うことを原則としていた。しかし、販売先については、外交係がその殆んどを決定し、被告が自ら決定して商品を配送し、現金で売却しその代金を自ら受領するということは、被告の職務権限ではなかつた。

(二)(1)  被告が前記(一)のように正規の注文により入庫保管の上出庫した取引関係(甲第七号証の一ないし三五、甲第八号証の一ないし一九、甲第九号証の一ないし三五などがこれにあたる。)では、白さきいか五〇グラム袋入三〇袋、丹沢いか天もほぼ同量の注文が多く、時折、一キログラムか二キログラム程度になることもあつたが、それ以上になつたことはなく、共栄食品から仕入れた商品の在庫状況は本件で争われた昭和五〇年四月一日から昭和五二年五月一〇日までの間(本件期間)常時白さきいか、揚いか天を含めて一ケースか二ケース(一ケースの大きさは縦約四〇×横六〇×高さ五〇各センチメートル)程度で、右期間中に一回か二回位白さきいか一〇キログラム入一〇ケース位入庫したことがあるだけで、他は全く大量の在庫はなく、常時半畳位高さ二メートル弱の所定場所だけで収納されていた。

(2)  被告は、右(1)の正規の取引と並行して、本件期間中に、販売会議の議決をえないで、自ら共栄食品に対し、別表1記載のとおり、白さきいか二〇ないし一〇〇キログラム、揚いか天一八ないし四五キログラムと前記(1)の正規の注文と比較にならない程大量に、しかも頻繁に注文を繰り返し、共栄食品販売課長小田喜と意を通じ、その大部分について、被告が決定した(その決定権限のないことは前記認定のとおり)転売先(豊島屋とみられる。)にこれを直送させ(一部入庫したときは大部分間もなく小田喜の自動車に積み込んで転送させ)、共栄食品の納品書(甲第五号証の一ないし八〇)を原告の経理係に回して原告が正規に入庫手続を了したように装い、または、納品書を経理係に回さず廃棄などし(この場合はいずれも受領書に受領印を押印している。)、他方、共栄食品に対しては、受領書(甲第六号証の一ないし一二五)の大部分に前記受領印を押捺して交付し、原告が正当にこれを受領した旨の外形を整えた。もつとも、後日共栄食品から原告に対する請求書(甲第二号証の一ないし一二九)が来て代金支払の際現品在庫との齟齬が発覚し難いように画策し、右受領書の一部について、別表1受領印の異常欄記載のとおり、不鮮明な受領印(受領印のうち年だけ記載し月日の記載を欠くもの、全体に印が押してあるが字が判読し難いもの、押印してあるかどうか不明瞭であるものなど)を押印し、被告が自署し、(原告はこの方法を禁止していた。)、全く受領印を押印しない(但し、この場合はいずれも納品書を経理係に回していた。)方法によつたり、実際に受領した日と受領書の日付が異なる(前または後にすることを被告が指示した。)ものがある。原告としては、別表1記載のとおり、受領書(後日共栄食品保管のものを借受けてこれと照合した。)、納品書の双方または一方がある取引と請求書が符合するものについては原告の取引と認めて共栄食品にその買受代金を支払つた(甲第一号証の一ないし五二)。被告はこの転売分について代金をその都度現金で受領したが、原告会社への入金手続は一切しなかつた。

以上のとおり認められる。右認定に反する被告本人尋問の結果、一部右認定(二)に反する証人小田喜幸一の証言の一部についてみるのに、(1)いずれも横領容疑の共謀行為を否認する弁解と解されるところ、その弁解どおりとすれば、白さきいか、揚いか天が大量に行方不明となつた原因が全く不明であることに帰し、首肯し難いところであり、(2)被告のいう自家消費(治郎の葬式、旅行その他宴会等)については、被告本人尋問の結果でも治郎の葬式の際七キログラム(証人鳩貝栄亮の証言ではこの分は三ないし四キログラムという。)にすぎず、旅行その他宴会が数多くなされた立証もないので、微量といわざるをえず、焼却についてはその数量の立証がないがその趣旨からみて特段の立証のない本件ではこれも微量と推認するのが相当であり、盗難及び治郎の無断出庫についてはこれを認めることのできる的確な証拠がないから、被告のいう紛失理由は肯認できない上、(3)原告の正規の転売実績(甲第三号証の一ないし七二二)からみて、本件で争われている程大量の白さきいかなどが正規の販売方法で販売されたものとみるのは相当ではない。したがつて、前記証人小田喜の証言の一部、被告本人尋問の結果は、にわかに信用し難く、他に、右認定を左右する証拠がない。

2 会社がその業務を具体的に執行するため、各職員の職務分掌及び組織上の地位を定めることは、その職務を能率的に運営するとともにその分掌職務については、その地位に応じて権限を与える反面、その権限行使の結果生じた行為につき、その責任の所在を明確にすることにその目的がある。そのことは、比較的小規模の従業員しかいない会社においてもまた同様である。本件において、従業員一〇数名の原告会社において被告は商品管理部長として商品の入庫、保管、出庫を掌理する地位にあるから、その職務上起つた保管商品の不足については、その最終的責任を負わなければならない。

このことは、当該地位にある職員が分掌職務の範囲を越えて不正な行為をした結果、自己の職務上の義務を履行できなくなつた場合においても、その不正行為の側面からではなく、当該分掌職務について不履行(債務不履行)として、その行為の結果生じた事態の責任を負うものというべきである。本件において、前記認定のように、被告は正規の手続により商品の入庫、保管、出庫手続を完全に履行しなかつたものであり、それ以外にも自己の職務に属さない注文、転売先決定、転売先への配達指示、転売先からの現金授受、代金入金手続をしないことなどの不正行為(不法行為)があるが、この不正行為はさておき、右の自己の分掌職務としての商品の入庫、保管、出庫手続上の責任に基づき、その商品の在庫不足により原告の被つた損害を賠償する義務を負うものといわなければならない。

三損害額

1  〈証拠〉を総合すると、被告が原告名義で本件期間中に共栄食品から前記の方法で正規取引分以外に買受けた白さきいか、揚いか天は別表1記載のとおりであることが認められる。(これらは、別表1のとおり、受領書に原告の正規の受領印があるほか納品書もあり請求書と符合するか、受領書の受領印に異常がありまたは受領印がないものについては納品書がありこれと請求書が符合し、原告が買主として商品を受領したことが認められる。但し、同表末尾記載の取引の認められないものについては、請求書のみあり、受領書、納品書ともに存在しないから、原告が買受けたものということができないものである。)その合計額は、白さきいか七〇六八キログラム合計代金一、六八五万四、八八〇円(返品、歩引計算済として)、揚いか天九五四キログラム合計代金八一万四、七二九円(返品、歩引計算済として)、右二口の合計代金一、七六六万九、六〇九円である。

2  〈証拠〉を総合すると、原告が共栄食品に対し本件期間中の白さきいか、揚いか天の代金として支払つた額は別表2のとおり合計金二、〇四七万二、八八〇円であり、その中には前記の正規の取引分も含まれているが、被告のした前記大量取引分を含め、本件期間中の取引の代金はすべて支払済であることが認められる。

3  〈証拠〉を総合すると、原告が本件期間中にみやこ菓子店など第三者に対し、白さきいか、揚いか天を一キログラム入袋以上を売渡し、被告が大量注文したものの一部を転売したと認められるものは、白さきいか八三一キログラム合計代金二一二万七、三八〇円、揚いか天七二九キログラム合計代金七五万四、九〇〇円、右二口の合計代金二八八万二、二八〇円であること、昭和五二年五月一〇日の時点で被告のした前記大量取引の商品(一キログラム袋入)の在庫はなかつたことが認められる。

4  したがつて、本件期間中に原告が共栄食品との取引により商品の行方不明により被つた損害は、右1と3の差額すなわち白さきいか六、二三七キログラム代金一、四七二万七、五〇〇円、揚いか天二二五キログラム代金五万九、八二九円、合計代金一、四七八万七、三二九円となること計算上明らかである。

四前記各認定事実によると、右三の原告の被つた損害は前記二の被告の職務上の義務不履行によつて生じたものということができる。

五被告の過失相殺の主張について検討する。

白さきいか、揚いか天など食料品を製造業者、卸売業者などから仕入れ、これを倉庫に保管の後転売する食料品販売業を営むについては、仕入先別の仕入帳、転売先別の売上帳のほか、本件の白さきいか、揚いか天のように、常時大量で多額の取引を行う商品については、その商品別の仕入、保管、売上に関する帳簿を整備記帳し、営業上必要な時期(たとえば、決算期、年末、四半期、月末などで必要とみられる時点)にこれらの帳簿と、保管商品の棚卸しの結果とを照合し、常に倉庫内に保管している商品の現在数量を把握すべきである。しかるに、〈証拠〉によると、原告は右のような各帳簿を一切備付記帳しておらず、仕入については仕入先の納品書、売上については受取書を経理係に回し、経理係では各商品名は何も記載せず、その伝票の代金額だけを帳簿に記載し、年末など必要な時期に、倉庫に在庫する商品の金額を合計しその合計額が右帳簿尻在庫商品代金額の総合計と合致するかについて調査していただけで、在庫商品毎の数量確認の意味での棚卸しは全くしていなかつたことが認められる。したがつて、原告には右の点で業務運営方法に不備があり、それが損害の増大を招いたものとみることができ、そこに、原告に損害の増大を防止すべき注意義務を欠いた過失があるといえる。さらに、前記のように、微量とはいえ、原告が白さきいかなどを自己消費したり、品質が変質して焼却したものがあるが、その数量を明確にすることができないのも、また、右の帳簿不整備に起因するものということができる。しかし、商品の入庫、保管、出庫の責任者は前記認定のように被告であつてその点で組織上責任の所在が明確であり、被告が各手続の監督ないし監視責任をも有していたものというべきであるから、この点の業務運営上の不備はなく、また、被告が、前記説示のような帳簿、棚卸しの制度の不備につけ込みこれを悪用して前記各不正行為をしたとの事情も推認され、この両者の事情を総合考慮すると、右原告の運営上の不備が前記損害の増大に寄与した割合は、ほぼ三分の一程度(正確には32.37パーセント)とみるのが相当で、原告の右過失を相殺すると、原告の前記損害のうち被告の支払うべき額は、金一、〇〇〇万円をもつて相当とする。

被告のこの点の主張は右の限度で理由がある。

六以上のとおりであるから、被告は原告に対し、職務上の義務不履行(債務不履行)に基づく損害賠償として、金一、〇〇〇万円及びこれに対する履行遅滞後の昭和五二年八月三一日(それが本件訴状送達の翌日であることは記録上明らか)から支払済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払義務を負う。原告本訴請求は右の限度で理由があるのでこれを認容し、その余は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(髙木積夫)

別表1 仕入明細〈省略〉

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